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歴史…… [風の便り]




    ひなたぼっこの「絵日記」の冒頭のページです。


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   今朝のTVで東京の下町の100年を放送していました。

   その中で銀座の町並みの写真を見ていて

   戦後の昭和23年生まれの、私の子供の頃を思い起こしました。


   建設会社勤務の父が沖縄米軍基地建設の為、単身赴任していた頃

   銀座の松屋の斜め前辺りにあった建設会社へ1ヶ月に一度

   父のお給料を頂きに母が私の手を引いて通っていました。


   私には12歳離れた兄と、9歳離れた姉がいました。

   母は、兄姉には内緒よと言って、帰りにはいつも"月ヶ瀬"という

   レストランへ連れて行ってくれました。

   オムライスとか、プリンに生クリームとフルーツで

   デコレーションされたサンデーなど美味しい食事をさせてくれました。

   今思えば母は食事はしていなかったような、紅茶やアイスクリームくらいしか

   食べていなかったように思います。

   きっと私の笑顔を喜んでくれていたのでしょう。


   そんなことを思いながら、今私の手元には母との写真がありません。

   小学5年生の時に母は他界し、中学1年生の時に兄と姉が相次いで結婚し

   それを機に父は後妻を迎えました。

   そしていつの間にか父や兄が撮ってくれた私の幼少の時からの写真は

   その母に捨てられてしまったのです。


   私が結婚をするときに何故持って出なかったのかと

   取り返しの付かない悲しみに、何度も悔やみました。

   美しい母の笑顔も、輝いていたはずの私の笑顔もすべて消えてしまいました。

   その人がいなくなってしまうと写真を残す事は出来ません。

   脳裏に残る笑顔は、悲しみに消されて時と共に薄れてゆきます。

   写真に残すことで、その時が輝きを放ち鮮明に蘇るのです。

   
   冒頭の写真は自分で撮るようになった写真です。

   それも総て手元に残ってはいないのです。

   毎日の様に写真を撮り、毎週写真屋さんへ現像を頼みに通っていました。

   その写真の束も何の断りも無く消え失せてしまいました。


   兄が継いだ実家は今でもそこに在ります。

   けれど、私の幼い歴史は途絶えてしまいました。

   時折、こうして思い出すだけの歴史となりました。

   そして残っているのは、兄と私の二人だけになりました。

   兄とは年も離れ、学生時代、特に職に就いてからは地方転勤を繰り返し

   幼い私との思いでは数少ないのです。

   今では、父と義母を知る夫が、私を知る私の唯一の聞き相手です。

   この先それぞれの歴史を、いつまで語り合い思いを共に出来ることでしょう。




   ひなたぼっこ「絵日記」



   

   

   

67回目に思うこと [風の便り]






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     むかしむかし、あるところに、水も滴るいい女がおりました。

     
     長い間、風に翻弄され、とうとう67年の歳月を過ごし

     
     老婆の域へたどり着こうとしています。

     
     
     水が滴っていた頃、漠然とではありましたが


     その女は、凜とした気品の中に優しい面差しの貴婦人の姿を


     我が身に重ねた物でした。



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     そう、友人のジョジョさんに描いて頂いた、このイラストのような


     ばぁ〜ばになることでした。


     あと何年すると、こんな素敵なばぁ〜ばになれるのでしょう。



     身も心も美しく歳を重ねることの難しさを感じつつ


     来し方を思い、精進しなければと改めて思うのです。


     我が身に残された歳月は如何ほどかと……



     老いは身の隅々に浸透して来ていることに


     やっと気づいたようです。


     今日から始まる新しい一年を瑞々しく生きようと思うのでした。










    

風に想う…… [風の便り]




    風の音に戸袋の雨戸がガタガタと鳴り

    黒雲が湧き起こるように心の中に広がり

    脈打つ音が不安を掻き立てて

    一層心をざわめかせ落ち着きを無くしてゆく


    荒々しく巻き上げる風は唸り声をあげながら

    幾重にも花達に挑みかかり容赦なく叩きつけ

    起き上がれないほどに痛めつける

    外の様相を想像しては 私の心の均衡は失せてゆく



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    どうと言う事も無く通りすぎることでも

    人にはストレスとなって残ってしまう事がある。

    人それぞれ定義が違い心の開き加減も違っている。

    何事も楽観視する人もいれば、自分を追い込んで行く人もいる。

    若い頃の私は多分、追い込んでいくタイプであったと思う。

    
    日常の生活、子育て、人との交わり、総てに発生し

    ストレスがどんどん溜まっていくと、それすらも感じなくなる。

    あるとき、原因も分からない病と診断され

    治療に苦慮する医師の困惑した顔に出会い

    想像を絶する不安に苛まれて、初めて我に返ったことがある。


    原因が分からなければ、完治も無く

    痛みなればそれを抑える薬を、訳の分からない発作ならば取りあえず

    発作を抑える薬をと、副作用が強かろうが服用しなければ改善は図れない。

    その挙げ句、色々な症状が起き後々影響を残したとしても

    仕方が無いと思わざるを得ない。


    そして、ストレスは免疫力も低下させて更なる病の引き金にもなり

    新たなストレスとなって残って行く事になる。

    生まれ持った性格が災いもし、不器用さが拍車を掛けるなか

    漠然とではあるが我が身を守ろうと策略を巡らし

    再びストレスを溜め込んでしまう。


    悩みやストレスの無い人間など居るはずも無く

    どう消化していくか、溜め込まない技術が必要になる。

    小学生の頃からすでに60年、ストレスの原因となった事を

    思い返せるという、何とも情けない事ではあるが

    残された時のために今一度、整理をしようと思っている。


    50代半ばに大きな山場を迎えて肝が据わったのだろうか

    身体を吹き抜ける風に一掃されたように感じて今日があるのだが

    根底にあるストレス発生装置とは一心同体の様であり

    克服は困難であると感じている。

    ただ、この10年で少しは改善されたのではとも思う。


    副作用が強い事を承知で、この薬しか無いと過去に服用した薬が

    今の不自由さと、痛みの誘発に影響していると知り

    この事実を新たなストレスにしたくないと挑んではいるが

    心と体の置き所が見つからない日々が情けなくも

    ひたすら5種類の薬を飲み続けるしか策は見つかっていない。


    暖かくなれば治まるところもあるのではと

    春の足音を拾おうと庭を眺めつつ

    年寄りの多くなったこの世に笑顔が消えてはならないと

    心躍る幸せの欠片を見つけたいと想っています。

    こちらへ向かっている春の風は、きっと沢山の笑顔を運んで来る事でしょう。

    
    
    

    

    

お山から…… [風の便り]





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                                     戸隠キャンプ場


     今頃はお山に 緑の風が吹いていることでしょうね
     
     澄んだせせらぎと 芽吹いたばかりの新緑が香って

     帰っておいでと 呼んでいるようです


     飛んでゆきたいのですが そうも行かなくて……

     今日は用事で街へ出かけて

     少しだけ原宿の並木道を歩きました

     
     時折帽子を飛ばされそうになりましたが

     カーディガンの裾を飜す風は

     心地よくて お山を思い出しました


     行きたい時節に行かれると良いのですが

     思いだけが膨らんで破裂しそうです

     もう少しの辛抱と言い聞かせて待ちましょう







  「ひなたぼっこ」の中にも沢山の戸隠があります。
          よろしければお立ち寄り下さいませ。



   また逢える日まで



     


            




     

緑色の風 [風の便り]



     今年は寒かったので

     この連休のお花畑はまだ寂しいかも知れませんが

     5月の中旬が美しいことでしょうね。



     2004年の5月、連休明けの頃の戸隠です。

 

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      静寂の中の美しい戸隠を満喫しました。


     梅雨前の新緑の中に身を置くと

     溢れる緑の香りに包まれて

     森の調べに酔いしれる贅沢も味わえます。




     
   
    ………………………………………お 知 ら せ……………………………………………     
    
     「ひなたぼっこ」へ10年前に作りました絵日記を抜粋して綴りました。

    大輔に文句を言われながら、EOS1Dを下げて戸隠を歩いた記録です。

    今でも戸隠は変わりません。変わらずに待っていてくれる心のふる里です。

    一度にたくさんの絵日記を載せましたので、飽きてしまうことでしょう。

    どうぞ懲りずに何度となくお寄り下さいませ。


    お暇な折に「ひなたぼっこ」お尋ね下さいませ。


     

     

     
 
     
     
      

春風 [風の便り]




     廊下の突き当たりの小窓から
  
     優しい風が運び入れてくれる沈丁花の香りとともに

     窓辺の風鈴の音色が今朝も安堵を届けてくれた。

     姿の見えない花たちの息吹をいち早く知らせてくれるのも

     風に他ならない。


     春の風は時として砂塵を舞上げる強い風となり

     草をなぎ倒し花を散らして通りすぎることも。

     そして柔らかな心地よい風ともなり

     草木の芽吹きと開花を促して吹き抜けてゆく。

     一度として同じ風が来ることはないのです。


     春の風はすべての命を躍動させ

     成長の時へと誘い自ら道しるべとなり

     明日への道を切り開いて去ってゆく。

     寒さに縮こまった背中を労り

     赤い頬を撫で髪を跳ね上げ

     もうコートに身を包む必要はないと……



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        沈丁花も満開となりました。

     



    ………………………………………お 知 ら せ……………………………………………     
    
     「ひなたぼっこ」へ10年前に作りました絵日記を抜粋して綴りました。

    「絵日記」は3部作と成っていたものをひとつに纏めましたので

    作った時期が同じではないため文字が小さく滲んで

    読みにくものがあることをご了承くださいませ。


    大輔に文句を言われながら、EOS1Dを下げて戸隠を歩いた記録です。

    今でも戸隠は変わりません。変わらずに待っていてくれる心のふる里です。

    一度にたくさんの絵日記を載せましたので、飽きてしまうことでしょう。

    どうぞ懲りずに何度となくお寄り下さいませ。


    お暇な折に「ひなたぼっこ」お尋ね下さいませ。


     
     
     

     
     

    

春の風に乗りませんか…… [風の便り]



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     歩には よちよち歩きも よたよた歩きも

     風を切る颯爽とした大きな歩みも 

     歩き始めの一歩は誰もが不安を胸に抱えて歩み出す


     自分の歩みを振り返り「こんなはずではなかった」と後悔し

     「よくここまで歩いてきたものだ」と賞賛する

     今日まで、幾度となく繰り返し繰り返し来たのだろうか


     年月を重ねると 道の先が見えていると勘違いもし

     予期せぬ石につまづくことも 見えている水たまりにも足をとられ

     口を突いて出る罵声が 冷ややかに身に凍みて目覚めさせられることも


     何をしたいかより 何をなして来たかなのではないか

     決して長くはない人生に 喜びを感じるための生き方を選び

     その喜びが周りの人々を幸せに出来たならば 必ず生きがいとなりうる


     ささやかな一歩が 積もり積もると形を成し 

     自信と信念が湧き起こり 周りの笑顔が快感となり

     充実した一歩へ続く 人としての歩みとなろう





     私には結婚するまで具体的な夢はありませんでした。

     自分の家族を愛し、笑顔の絶えない家造りが

     私の夢なのだと気づいた時から夢が始まり

     尽くすということに心を傾けるようになりました。
     
     そして、いつからか家族から更に先へ踏み出し

     出来ることを模索し続けています。

     
     外へ出て周りの人の話し声に耳を傾けると

     そこに様々な学びがあります。

     家族の声とは違う得がたい声を聞くことが出来ます。

     我が身を振り返るには、人と触れ合わなければ

     自分の身幅が読み取れないものです。


     65年の歳月が今日の私を作り出しました。

     今だ後悔の海を彷徨い続けていますが

     明日踏み出す一歩は、私にとって新しい一歩です。

     命の存続を知ることは出来ませんが

     これから何をすべきか、何ができるか

     我が命果つるまで、歩き続けたいと思います。

     
     



      

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